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2006年5月アーカイブ

 久しぶりに北海道に行って来ました。「北海道厚生年金会館の存続を願うチャリティー・コンサート」の仕事です。札幌交響楽団に加え、服部克久&音楽畑、そして歌ゲストによるコンサートです。ゲストは全員道産子で、大黒摩季さん、細坪基佳さん、五十嵐浩晃さん、サーカスさん、HBC少年少女合唱団、それに大橋と言う、豪華な顔ぶれです。暖かい、すばらしいコンサートになったのは言うまでもありません。ひょっとしたら存続が濃厚かも?、と言う情報も入って来てましたから。

 全国の厚生年金会館が今、なくなろうと言う危機に際し、このコンサートは大きな力になったに違いありません。私達世代のアーティストは皆、コンサートツアーでお世話になったはずですから。なくしてしまうのは何とも寂しい限りです。時代と共にコンサートの考え方、場所、やり方も変わって来ているのは確かです。でも、あの箱(2000~2500人)の大きさで見るコンサートもあって欲しいのですよ。何でも無駄なく、合理的でいいのだろうか?。新しいのが出来たからなくしてしまえ、でいいのかな?。ホントの意味で合理的に考えて欲しい、歴史あるものを大事にしたい、そう思いませんか?。

 今回のゲストで初顔合わせだったのは大黒摩季さん。会ってみたら何と、気持ちのいい女性でした。きっぱり、さっぱり、サバサバした性格で、おまけに私の学校(藤女子)の後輩だったのです。意気投合、すっかりお友達になってしまいました。同じ道産子気質を持ち合わせており、お酒の飲みっぷりも見事。何だか楽しい事が起こりそうな予感さえしました。札幌交響楽団とは十数年前にジョイントした事があります。世代交代しているとは言え、当時の団員の方々とも御挨拶が出来、妙な緊張感も解けました。細坪さん、五十嵐さん、サーカスの皆さん、服部先生とも久々の交流が出来、うれしかった!。いいコンサートと楽しい打ち上げで盛り上がり、名残惜しくも楽しい一夜を終えたのでした。

 翌日はプライベートで故郷の夕張を訪れました。もう家もなく両親もいませんが、親代わりの叔父夫妻が健在なので、実家みたいになっています。丁度、お祭りにぶつかりました。夕張ならではの『炭鉱祭り』で、子供の頃は大盛況でした。今では人口も十分の一になり、その当時の面影もありません。区画整備されたばかりのメイン・ストリートも人気はなく、しんと静まり返っているように思えます。もちろん昔は沢山の路店が出て、溢れんばかりの人でにぎわったものです。が、それもなく、お神輿も朝のうちに通り過ぎたようでした。トラックの荷台に積まれていたとか・・・・。近所の人の話声さえ聞かなかったように思います。時折人を見かけると、それはよそから来た人だったり。何だか寂しい気分で夕張を後にしました。叔父さんと叔母さんに会い、いとこに会えたのが何よりでしたけど。あ、偶然中学の同級生に出くわしたのがサプライズかな?。

 そうそう、いい発見もありました。水(普通の水道水なんだけど)が美味しいと言う評判らしい。確かに、何のためらいもなく水道から水を飲みましたっけ。まだ雪が残っているくらいですから、思ったより冷たかったです。それに近くの山に入れば、山菜もふんだんいあるらしい。フキやタケノコ(笹タケ)は今でも叔父さんが採って来るのだそうで、いつも叔母さんがそれを煮付けてくれる。今回も定番の「タケノコと身欠きにしんの味噌煮」をいただいて来ました。私にとっては懐かしい故里の味です。そして、ホッケのフライ。ホッケと言えば、居酒屋定番の干物と思うでしょ?。これは知る人ぞ知る、隠れた逸品ですぞ!。干物ではなく、生のホッケをフライにしたものなんですが、これがうまい!!!。単なる白身のフライですが、味わいがちょっと違う。道産子でも知っている人は少ないんじゃない?。学生時代、よ~くお弁当に入ってました。多分、一部の家庭の味かもね?。

 寂しいと言いつつも、それなりに田舎を堪能した二日間でしたよ。ゆっくりと流れる時間に身をゆだね、子供の頃を回想し、東京に戻ってくれば生活感の違いに唖然とする。今、私の頭の中では『マイ・ジャーニー』が切なく流れています。(30周年記念アルバム『トリンタ』より)
 5月に入りました。いいお天気に恵まれた、ゴールデン・ウィークもスタートしています。どことなく街中が静かな感じ。今年は海外に出かけた人が多いそうで、そのせいかな?。何はともあれ穏やかな、いい日和ではありませんか。私?!。連休はひたすら体力づくりでしょう!。

 時々、ファンの方からメールが届きます。その都度、元気をもらったり、勇気をもらったりしているんですよ。ホントに、ありがたい事です。個人的にお返事はしていませんので、この場を借りてお礼申し上げます。
 
 若い頃、学生の頃に歌を聴いた・・・最近になって叉、聴き始めた・・・一度、生の歌を聴きたい・・・そんなメールをいただくとホントにうれしい。誰かの青春の片隅に私の歌があった・・・そう思うだけで、やってて良かったとつくづく思う瞬間でもあります。そしてまだまだ『頑張らねば!』と、やる気と元気をいただくのです。好きで始めたこの仕事です。私の唯一の趣味が仕事になり、気がついたら32年目に入っています。好きな事だから頑張れるし、耐えられるけど、止めてもいい・・・そう思った時もありました。実際、4年程休業した時期があります。止めてみてわかったのは、歌を歌う事への執着でした。こんなに歌が、音楽が好きだった・・・気づいてビックリ。歌う私が『私そのもの』だったと気づかされました。デビューして10年も経ってからですよ。

 若い時は『生き甲斐』なんて、恥ずかしくて言えなかった。言いたくもなかった。止めて、歌えなくなって初めて、気づいたのです。『やりがい』とか、『生き甲斐』とかの意味がね。何とか復帰は出来たものの、現役を離れた代償は大きかった。お相撲さんがそうであるように、「勝負のカン」みたいなものが鈍るとでも言いましょうか・・・。休んだ期間の倍以上、カンが戻るのにかかりましたね。久しぶりに人前に立った途端、足が震えるんです。これまで数えきれない程、ステージに立っていたのにですよ!。自分でも考えられない事態にショックでしたね。そんなこんなで今、こうしてステージに立てているのは幸運としか言い様がありません。ホントに、ラッキーですよね?。失敗も何度もしました。だからこそ、再びステージに立てる喜びを噛み締めたものです。今現役にこだわるのは、そんな経緯からかも知れません。

 時を経て、懐かしい時代を思い返すとき。同じ時代を共有してきた私は、今もあの時と同じ空気を皆さんに伝えたいと思います。出来るだけ、変わらないイメージで歌いたいと。

 4月は日記もさぼっちゃったので、ざっと振り返りたいと思います。写真コーナーではすでにアップ済みですが・・・。先ず福岡でチーム大橋のイベント・ライブがありました。主催者の方のお気遣いでチーム大橋、今年初の大打ち上げをやる事が出来ました。メンバーだけではなく、スタッフとも久々にいい交流が出来ました。みんないい笑顔で、弾けましたよ。なぜこの仕事の写真がアップされなかったかと言うと・・・?。あまりにも楽しくてみんな、どよ~んと、にま~っとしてる顔ばっかり!。さすがに、シラフのウエちゃんの良識ある判断により、アップ断念。ホントに楽しかったんだよね?!。

 続いてテレビの収録。タケカワユキヒデさんと御一緒でした。こっちも楽しかった!。タケカワさんとは一年ぶりのジョイントで、話も弾みました。井上順さんの名司会(?)で、トークも爆裂。長時間にわたりましたが、気持ち良い疲れと共に終えました。とにかく、5/17日のBS-i『ダブルミリオン』見て下さいませよ!!!。

 そして月末にはお馴染み、松崎さんとのジョイント・ライブ。勝手知ったる何とやら、楽しくディナー・ショーを盛り上げました。東京なので、打ち上げが出来ないのが何とも寂しい。お互い、体元気でいつまでも頑張ろうねって、心の中でつぶやいた私でした。