久しぶりに北海道に行って来ました。「北海道厚生年金会館の存続を願うチャリティー・コンサート」の仕事です。札幌交響楽団に加え、服部克久&音楽畑、そして歌ゲストによるコンサートです。ゲストは全員道産子で、大黒摩季さん、細坪基佳さん、五十嵐浩晃さん、サーカスさん、HBC少年少女合唱団、それに大橋と言う、豪華な顔ぶれです。暖かい、すばらしいコンサートになったのは言うまでもありません。ひょっとしたら存続が濃厚かも?、と言う情報も入って来てましたから。
全国の厚生年金会館が今、なくなろうと言う危機に際し、このコンサートは大きな力になったに違いありません。私達世代のアーティストは皆、コンサートツアーでお世話になったはずですから。なくしてしまうのは何とも寂しい限りです。時代と共にコンサートの考え方、場所、やり方も変わって来ているのは確かです。でも、あの箱(2000~2500人)の大きさで見るコンサートもあって欲しいのですよ。何でも無駄なく、合理的でいいのだろうか?。新しいのが出来たからなくしてしまえ、でいいのかな?。ホントの意味で合理的に考えて欲しい、歴史あるものを大事にしたい、そう思いませんか?。
今回のゲストで初顔合わせだったのは大黒摩季さん。会ってみたら何と、気持ちのいい女性でした。きっぱり、さっぱり、サバサバした性格で、おまけに私の学校(藤女子)の後輩だったのです。意気投合、すっかりお友達になってしまいました。同じ道産子気質を持ち合わせており、お酒の飲みっぷりも見事。何だか楽しい事が起こりそうな予感さえしました。札幌交響楽団とは十数年前にジョイントした事があります。世代交代しているとは言え、当時の団員の方々とも御挨拶が出来、妙な緊張感も解けました。細坪さん、五十嵐さん、サーカスの皆さん、服部先生とも久々の交流が出来、うれしかった!。いいコンサートと楽しい打ち上げで盛り上がり、名残惜しくも楽しい一夜を終えたのでした。
翌日はプライベートで故郷の夕張を訪れました。もう家もなく両親もいませんが、親代わりの叔父夫妻が健在なので、実家みたいになっています。丁度、お祭りにぶつかりました。夕張ならではの『炭鉱祭り』で、子供の頃は大盛況でした。今では人口も十分の一になり、その当時の面影もありません。区画整備されたばかりのメイン・ストリートも人気はなく、しんと静まり返っているように思えます。もちろん昔は沢山の路店が出て、溢れんばかりの人でにぎわったものです。が、それもなく、お神輿も朝のうちに通り過ぎたようでした。トラックの荷台に積まれていたとか・・・・。近所の人の話声さえ聞かなかったように思います。時折人を見かけると、それはよそから来た人だったり。何だか寂しい気分で夕張を後にしました。叔父さんと叔母さんに会い、いとこに会えたのが何よりでしたけど。あ、偶然中学の同級生に出くわしたのがサプライズかな?。
そうそう、いい発見もありました。水(普通の水道水なんだけど)が美味しいと言う評判らしい。確かに、何のためらいもなく水道から水を飲みましたっけ。まだ雪が残っているくらいですから、思ったより冷たかったです。それに近くの山に入れば、山菜もふんだんいあるらしい。フキやタケノコ(笹タケ)は今でも叔父さんが採って来るのだそうで、いつも叔母さんがそれを煮付けてくれる。今回も定番の「タケノコと身欠きにしんの味噌煮」をいただいて来ました。私にとっては懐かしい故里の味です。そして、ホッケのフライ。ホッケと言えば、居酒屋定番の干物と思うでしょ?。これは知る人ぞ知る、隠れた逸品ですぞ!。干物ではなく、生のホッケをフライにしたものなんですが、これがうまい!!!。単なる白身のフライですが、味わいがちょっと違う。道産子でも知っている人は少ないんじゃない?。学生時代、よ~くお弁当に入ってました。多分、一部の家庭の味かもね?。
寂しいと言いつつも、それなりに田舎を堪能した二日間でしたよ。ゆっくりと流れる時間に身をゆだね、子供の頃を回想し、東京に戻ってくれば生活感の違いに唖然とする。今、私の頭の中では『マイ・ジャーニー』が切なく流れています。(30周年記念アルバム『トリンタ』より)
全国の厚生年金会館が今、なくなろうと言う危機に際し、このコンサートは大きな力になったに違いありません。私達世代のアーティストは皆、コンサートツアーでお世話になったはずですから。なくしてしまうのは何とも寂しい限りです。時代と共にコンサートの考え方、場所、やり方も変わって来ているのは確かです。でも、あの箱(2000~2500人)の大きさで見るコンサートもあって欲しいのですよ。何でも無駄なく、合理的でいいのだろうか?。新しいのが出来たからなくしてしまえ、でいいのかな?。ホントの意味で合理的に考えて欲しい、歴史あるものを大事にしたい、そう思いませんか?。
今回のゲストで初顔合わせだったのは大黒摩季さん。会ってみたら何と、気持ちのいい女性でした。きっぱり、さっぱり、サバサバした性格で、おまけに私の学校(藤女子)の後輩だったのです。意気投合、すっかりお友達になってしまいました。同じ道産子気質を持ち合わせており、お酒の飲みっぷりも見事。何だか楽しい事が起こりそうな予感さえしました。札幌交響楽団とは十数年前にジョイントした事があります。世代交代しているとは言え、当時の団員の方々とも御挨拶が出来、妙な緊張感も解けました。細坪さん、五十嵐さん、サーカスの皆さん、服部先生とも久々の交流が出来、うれしかった!。いいコンサートと楽しい打ち上げで盛り上がり、名残惜しくも楽しい一夜を終えたのでした。
翌日はプライベートで故郷の夕張を訪れました。もう家もなく両親もいませんが、親代わりの叔父夫妻が健在なので、実家みたいになっています。丁度、お祭りにぶつかりました。夕張ならではの『炭鉱祭り』で、子供の頃は大盛況でした。今では人口も十分の一になり、その当時の面影もありません。区画整備されたばかりのメイン・ストリートも人気はなく、しんと静まり返っているように思えます。もちろん昔は沢山の路店が出て、溢れんばかりの人でにぎわったものです。が、それもなく、お神輿も朝のうちに通り過ぎたようでした。トラックの荷台に積まれていたとか・・・・。近所の人の話声さえ聞かなかったように思います。時折人を見かけると、それはよそから来た人だったり。何だか寂しい気分で夕張を後にしました。叔父さんと叔母さんに会い、いとこに会えたのが何よりでしたけど。あ、偶然中学の同級生に出くわしたのがサプライズかな?。
そうそう、いい発見もありました。水(普通の水道水なんだけど)が美味しいと言う評判らしい。確かに、何のためらいもなく水道から水を飲みましたっけ。まだ雪が残っているくらいですから、思ったより冷たかったです。それに近くの山に入れば、山菜もふんだんいあるらしい。フキやタケノコ(笹タケ)は今でも叔父さんが採って来るのだそうで、いつも叔母さんがそれを煮付けてくれる。今回も定番の「タケノコと身欠きにしんの味噌煮」をいただいて来ました。私にとっては懐かしい故里の味です。そして、ホッケのフライ。ホッケと言えば、居酒屋定番の干物と思うでしょ?。これは知る人ぞ知る、隠れた逸品ですぞ!。干物ではなく、生のホッケをフライにしたものなんですが、これがうまい!!!。単なる白身のフライですが、味わいがちょっと違う。道産子でも知っている人は少ないんじゃない?。学生時代、よ~くお弁当に入ってました。多分、一部の家庭の味かもね?。
寂しいと言いつつも、それなりに田舎を堪能した二日間でしたよ。ゆっくりと流れる時間に身をゆだね、子供の頃を回想し、東京に戻ってくれば生活感の違いに唖然とする。今、私の頭の中では『マイ・ジャーニー』が切なく流れています。(30周年記念アルバム『トリンタ』より)